2008 年 7 月 10 日
定期的に歯科検診に行っている。
子供の頃、毎週土曜日に行く歯医者が大嫌いだった。行くたびに歯を抜かれるんじゃないかと歯医者さんが注射器の入った青く光る消毒ボックスのそばに近寄るたびにビクビクしたものだ。
おとなになった今は検査をしてもらいながらきれいに掃除をしてもらうぐらいだから痛くはない。キュンキュンいうマシンの音を聞きながらちくちくした痛みが逆に心地良かったりする。
マゾか?なんて新たな自分の一面をみたりする。
厄年も今年でぬける。
からだをいつもよりもいたわっている厄の3年間である。
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2008 年 7 月 7 日
タグ: 七夕
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2008 年 7 月 6 日
裏鬼門にあたる南西の角。
鬼門封じでしょうか。
黄色いお花がニッコリと咲いていました。
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2008 年 7 月 5 日
お気に入りのカフェでくつろぎながら明日をイメージしたり。
イメージしなくちゃなにも始まらないんだなあ。
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2008 年 7 月 5 日
他人の飯を食うとはいいますが
本当に他人の飯どころかパンツを洗濯してわかることたくさんあるんですよ。
まいにちまいにちやってみなされ。
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2008 年 7 月 4 日
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2008 年 7 月 4 日

一冊の古ぼけた本がある。大学のロゴがついたカバーから透けて「自助論」とみえる。
大学の研究室の教授が卒業の時にぼくらにくれた本である。
苦しくなったら読みなさい、と言って渡してくれた。
30歳のころに初めて開いてみた。さっぱり心に入ってこなかった。
あれからずいぶん経ってもう一度開いてみた。
そこには自分の人生は自分で切り開くんだよ。とこんこんと書かれている。
逃げ出したくて仕方なかった若かったころ、書かれていることを直視したくなかった。だから読めなかった。
やっといまその言葉がはいってくるようになった。
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2008 年 6 月 27 日
人生とはなんとまめなものなんだろうか。
あのとき人に言ったこと、やったこと、全部返ってくる。
生あるうちに返してもらい損ねたものはあの世で返ってくるのだろうか。
ああ、勘弁願いたい。
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2008 年 6 月 15 日
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2008 年 6 月 12 日
若いころ自転車に乗っていた。結構本格的なやつだ。中学生のころお年玉を貯めやっと手に入れた銀色のランドナー。こいつは僕をどこまででも連れて行ってくれた。埼玉にある自宅から母方の田舎である長野まで山を越え川を越え若かった僕はどこへでも行ってしまった。
自転車に乗っていると景色がよく見える。バブル前の国道はまだ整備されていないところも多く車がすれ違うのにやっとの幅しかなかったり舗装されていなかったりと意外に素朴な風景が広がっていた。道の脇には花が咲き、緑が生い茂り、木々が途切れるとパッと山々の荘厳な姿が広がった。
そんな景色の中を走り回っていると写真が撮りたくなる。もちろん絵を描いてもいいのだが時間がかかるし絵心もない。機械好きなこともあってカメラが欲しくなった。父親の大きな一眼レフカメラを抱えて自転車に乗るようになった。そして気に入った場所で一眼レフのカメラを構えて写真に興じた。
その日は裏碓氷といわれる山深い峠を越えようとしていた。木々がうっそうと茂り野猿が木々を渡っていた。自転車に乗っては越えられないくらいの坂だったので押していた。すごく苦しかったのだがこの押している姿をカメラに収めたくなった。いつも一人で自転車に乗っていたので三脚を用意してある。
セルフタイマーをかけ自転車を押しているたくましい自分を撮る。それがねらいだった。
シャッターを押し急いで倒している自転車に駆け寄ろうとした。急坂で少し砂が浮いていたためか思いっきり転んでしまった。ものすごく痛かった。血が流れた。だがシャッターは待ってはくれない。泣きべそをかきながらあわてて自転車を起こしいかにもいま登ってきたような満面の笑みを浮かべた。そう浮かべたつもりだった。
その写真には引きつった泣き出しそうなつくり笑顔を浮かべ、急坂を歯を食いしばって登ってきた僕が映っている。Tシャツは汗まみれその顔は日焼けか汚れか真っ黒である。あれから四半世紀たったいまあの妙なつくり笑顔をしばしば思い出す。
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