おもしろくなりたい
2008 年 7 月 26 日おもろい人になりたいんて。
オモローって
感じに。
でもどうしても引っかかるものがあるんだよ。なんかね。のど元にね。弾けられないのね。
で、のど元すっきりさせる手術をしたらのどからあんこたっぷり入ったおまんじゅうがでてきたらおもしろいね。
おもろい人になりたいんて。
オモローって
感じに。
でもどうしても引っかかるものがあるんだよ。なんかね。のど元にね。弾けられないのね。
で、のど元すっきりさせる手術をしたらのどからあんこたっぷり入ったおまんじゅうがでてきたらおもしろいね。
やらない理由を考えるのは簡単だ。
お金がない。時間がない。体力がない。能力がない。
ほらいくらでもでてくる。
私が会社員のころ書いた報告書を思い出した。そこにはできない理由がコンコンと説かれている。消去法と言われているものだ。いつしかそんなやり方が得意になっていた。そして残った項目をできるものとして提案している。
こんな書き方ではOKはとれるかもしれないけれど誰も楽しんでくれないって今はそう思える。仕事はそつがないかもしれないけれども他から抜きんでることは絶対にない。私が当時の上司くらいの年齢になってやっと気づいたことだ。悪くないんだけどね。
マイナスイメージから物事を捉えてると間違いは少ないかもしれない。でも楽しくないよ。
石橋をたたいて壊すくらいの安全策、セーフティゾーンをこしらえている。安全を求めているときはいいかもしれない。でも変わりたいって思ったときそれは大きな足かせにならないかな。
そのころの私はとっても窮屈だった。ミスしちゃいけない。私はできる人間だ。そんな自分に持っている自己イメージが私から離れなかった。
でも本当はもっとのびのびとしていてユーモアのある人になりたかった。多少のミスはあってもアハハってやりすごして次の仕事はなんだかすごいことをしている。そんな伸びやかな先輩にあこがれていたんだ。
そう、もうわかった。
変わりたいときは変わりたい理由だけを考えればいいんだ。
変わったらこんなに楽しいことがある。
変わったらこんなにのびやかで楽ちんだ。
変わったらこんなにいい人に巡り会えた。
こころを窮屈にするマイナスイメージをはずすんだ。
やらない理由なんていらない。
こんな症状にピンときたらあなたも首がずれているのかもしれない。
頸椎がずれているとからだのあちこちに不調が生じるという説をよく聞くようになった。
私はもう10年ぐらいとにかく首が痛い。関係性はわからないけどめまい、疲労、緊張が激しくなった時期と一致する。首、頸椎が原因かもって思ったのはセラピーや癒しの勉強を初めてからなんだ。
クライアントさんと交流する機会を得て感じたことは問題をかかえてしまった人のおおくは体がかたいんだってこと。一見穏和そうな顔をしていたって本当はがちがちに固まっていることはすぐにわかる。だって私がそうだったから。
人生長いんだな。綱渡り状態じゃ乗り切れないんだな。
それが一番感じること。
だから首を緩めにいこうと思ってあちこちに通っている。もっともっと緩むはずだって感じているんだ。
隣の神社に貼ってあります「7月の生命の言葉」
禍福は天にあるにあらず 人の招く所にある
本多正信
禍福とは災いと幸いということ。
教訓やことわざをネットで調べるとすごくおもしろい。
その解釈の仕方、感じ方が人それぞれ違うんだ。
こんなにたくさんの人がみんな違う感じ方をしているんだなって。
思ったこと、感じたことを言葉にしてみると楽しい。
どんな解釈も間違いではないと思うし同じ人でも歳とともに変わっていくかもしれない。
とにかく一番おもしろいのはそこに自分があらわれていることなんだ。
そうやって自分をちょっとだけ客観的に感じてみるといいかもね。
私は174cmで51kgととても細っこいんです
最近胃の調子を悪くしてさらに痩せたような…
そしてね見かけどおりに神経質で小心者なんですよ
でもね。。。
生まれてこのかた細っこいままですけれども元気に生きているんです
なぜか不思議とファイトでてくるんですよ
からだの奥にはみんな元気の泉があるんじゃないかな
120歳まで生きるんだな。
やりたいことたくさんあるからさ。
厄の時は健康診断。
生き方の見直しを忘れずに。
先はまだまだ長いんだな。
定期的に歯科検診に行っている。
子供の頃、毎週土曜日に行く歯医者が大嫌いだった。行くたびに歯を抜かれるんじゃないかと歯医者さんが注射器の入った青く光る消毒ボックスのそばに近寄るたびにビクビクしたものだ。
おとなになった今は検査をしてもらいながらきれいに掃除をしてもらうぐらいだから痛くはない。キュンキュンいうマシンの音を聞きながらちくちくした痛みが逆に心地良かったりする。
マゾか?なんて新たな自分の一面をみたりする。
厄年も今年でぬける。
からだをいつもよりもいたわっている厄の3年間である。