笑ってみよう。越えられるはず。
2008 年 6 月 12 日 木曜日若いころ自転車に乗っていた。結構本格的なやつだ。中学生のころお年玉を貯めやっと手に入れた銀色のランドナー。こいつは僕をどこまででも連れて行ってくれた。埼玉にある自宅から母方の田舎である長野まで山を越え川を越え若かった僕はどこへでも行ってしまった。
自転車に乗っていると景色がよく見える。バブル前の国道はまだ整備されていないところも多く車がすれ違うのにやっとの幅しかなかったり舗装されていなかったりと意外に素朴な風景が広がっていた。道の脇には花が咲き、緑が生い茂り、木々が途切れるとパッと山々の荘厳な姿が広がった。
そんな景色の中を走り回っていると写真が撮りたくなる。もちろん絵を描いてもいいのだが時間がかかるし絵心もない。機械好きなこともあってカメラが欲しくなった。父親の大きな一眼レフカメラを抱えて自転車に乗るようになった。そして気に入った場所で一眼レフのカメラを構えて写真に興じた。
その日は裏碓氷といわれる山深い峠を越えようとしていた。木々がうっそうと茂り野猿が木々を渡っていた。自転車に乗っては越えられないくらいの坂だったので押していた。すごく苦しかったのだがこの押している姿をカメラに収めたくなった。いつも一人で自転車に乗っていたので三脚を用意してある。
セルフタイマーをかけ自転車を押しているたくましい自分を撮る。それがねらいだった。
シャッターを押し急いで倒している自転車に駆け寄ろうとした。急坂で少し砂が浮いていたためか思いっきり転んでしまった。ものすごく痛かった。血が流れた。だがシャッターは待ってはくれない。泣きべそをかきながらあわてて自転車を起こしいかにもいま登ってきたような満面の笑みを浮かべた。そう浮かべたつもりだった。
その写真には引きつった泣き出しそうなつくり笑顔を浮かべ、急坂を歯を食いしばって登ってきた僕が映っている。Tシャツは汗まみれその顔は日焼けか汚れか真っ黒である。あれから四半世紀たったいまあの妙なつくり笑顔をしばしば思い出す。